女優、田中千絵の曲げられないココロ
日本で女優活動をしていたひとりの少女が、2006年決意の台湾留学。二年後の2008年に主演に抜擢され、その映画が台湾歴代映画興行成績1位を獲得。台湾版アカデミー賞ともいわれる「金馬奨」では、10部門がノミネートされ6部門が受賞する快挙を達成。その映画「海角七号」は台湾映画界のその後の方向性を変えたとまで言われている。今やアジアのトップスターとなった、女優田中千絵。メイクアップアーティストのトニー・タナカを父に持ち、恵まれた環境にあった彼女の日本では満足出来なかった想いとは?
2011.12.1 UP
田中千絵 with 岩井俊二 1
台湾に行ったきっかけは?
一番は自分を変えたかった。日本で16歳でデビューをして、いろいろな映画やドラマに出演してきたけれど、私のような女優さんは沢山いて、自分に特徴がなかった。(だから、)ずっと自分の特徴を探していた。
14' 24S"
田中千絵 with 岩井俊二 1
台湾に行ったきっかけは?
一番は自分を変えたかった。日本で16歳でデビューをして、いろいろな映画やドラマに出演してきたけれど、私のような女優さんは沢山いて、自分に特徴がなかった。(だから、)ずっと自分の特徴を探していた。
14' 24S"
女優:田中千絵
日本で女優として活動していたが、2005年の香港映画『頭文字D』への出演を機に、本格的に中国語を学ぶべく単身台湾へ留学。8ヶ月の留学を終え日本への帰国準備をしていたところに、台湾映画『海角七号』への出演が決まる。『海角七号』は、台湾では異例のロングランを記録し、台湾だけでなく香港でも台湾映画歴代興行収入1位となり、いまだにその記録は破られていない。台湾では『海角七号』の魏監督の新作が9月に公開されるなど、台湾のみならず香港や中国でも活躍している、アジアで最も有名な日本人の一人である。


